「蜘蛛の糸」
芥川龍之介
一
ある日の事でございます。御釈迦様は極楽の蓮池のふちを、独りでぶらぶら御歩きになっていらっしゃいました。池の中に咲いている蓮の花は、みんな玉のようにまっ白で、そのまん中にある金色の蕊からは、何とも云えない好い匂が、絶間なくあたりへ溢れて居ります。極楽は丁度朝なのでございましょう。 (以下略
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結局のところどうゆう話かと言えば、生前数多くの悪事を働いた男が地獄にいるのをお釈迦さまが見て、この男は確かに極悪人だが一度だけ小さな蜘蛛の命を助けた事を思い出し、極楽へと続く蜘蛛の糸を垂らしてやります。
それを見た男は蜘蛛の糸に飛びついて極楽へのぼろうとするものの、下に後から何人もの罪人が登ろうとするのを見てその重みで糸が切れるのではないかと恐れ、極楽にのぼるのは自分だ、お前たちは降りろと叫びます。
すると折角男が極楽へと昇るチャンスであった蜘蛛の糸は、男の無慈悲な心によって途端に切れてしまいこの男は再び地獄へと墜ちて行ってしまいましたとさ。
と言う話です。
芥川龍之介は既に亡き人ではありますが、恐らくこの男が慈悲の心を持ち、自分だけがと思わなければそのまま大勢で極楽へのぼれたのではないかと思うんですよね。
さて、世の中には十人十色というように様々な人間がいます。
その中にはもちろん出来る子とそうでない子もいる訳ですが、世の中はそのそうでない方の人をどう見るか。
私が見てきた限りでは放置とか、教えるのめんどいとか、親切にするとつけこまれるとか、汚いものとか大抵そんな感じですね。
図書館の本でも大体そんなのです。
しかし、いま我々が生きるこの現代日本には、盛大が豊かになるに伴って色々と困った事が起こっています。
例えば、ニートや引きこもり、DQN等ですね。
ちょっと周囲を見渡してみればマナーや常識を外れたものはそこかしこに見受けられます。
子育てにおいても子供が遊んで欲しくても親は忙しい、めんどいから「はい、ゲーム」
いじめや何か不満を訴えられても「我慢しなさい」
スーパーマーケットの店内等を見れば一人取り残されたベビーカーに乗った子供。
夜遅くまで親と一緒に遊ぶ子供。
これらのように今後は世の中で言われる「困った人」なんてのは大量に出現するのでしょう。
そしたら従来のように放置とか厳しさを味わえばそのうち自然に立ち直るってのが通用する時代ももうすぐ終わりだと思うんだ。
そして、そんな時代が来るからこそ、後で慌てなくていいように今のうちにそれに備えておくべきだと思うんだ。
流石に出来る人であっても少数で出来る事はたかが知れてるでしょう。
だからその出来る人もとばっちりを受けない為にも、ちょっと下の人を引っ張ってやっても良いんじゃないかと。
ちょっと馬鹿馬鹿しいとか思ってたけど「人」という感じは人と人が支えあって出来てるんですね。
そのようにヒトは誰かを支えて初めて人になれると。
どう見ても一人がもう一人に寄りかかって楽してるなんて言われますが←
まぁ、人の為に何かするってのも案外良いものですよ。
だからさぁ。
ゲーセンのバイトの給料絶対高すぎだと思うんだコレ!!←
私なんてニト○で重労働やっても時給750円なのに←
ちょっとくらい売り上げ減っても入り浸ってる人に「もう遅いから帰った方がよくない?」「家に帰りたくないのか?」とかもうちょっと一人ひとり世の中に愛を配ってもいいと思うんだ!←
昔は「一日一善」「十誉めて一叱る」と言うのが言われていたようだが今こそこれを見直す時なんじゃないかと。
と、微妙に愚痴りました。 さーせん^^;
とりあえずまぁ、私の理想としてはこれが良いと思うんですけどね。
そういや昨日学校でパン作ってるときに隣の机で一人でクリーム絞る練習頑張ってた後輩にクリームパンあげたら今朝たまたまその後輩とすれ違ってお礼の言葉貰えました。
よく顔まで覚えてたなぁww
結局カオスになりましたがこの辺で。


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